『陽炎〜8・8〜』ライオンズゲート


おはようございます。

今日は、8月8日。

ライオンズゲートといって、宇宙と一直線に繋がってものすごくエネルギーを受け取れる、そして自分のエネルギーも放出できる、そんな日みたいです。

ここのところ、ずっと『めぐる』『めぐらせる』『うけとる』ということを考えながら、日々を過ごしていました。

そんな今日、描いた曼荼羅アートです。

『陽炎〜8・8〜』


なんか、これを描いてたら、フィボナッチ数列とか、蜂のダンスとか、二重螺旋とか、DNAとか、雷とか、フラクタルとか・・・なんかそういうものが、言葉やイメージでどんどん浮かんできました。

フィボナッチ数列、蜂のダンス、雷・・・あたりで少し意識が恩田陸さん著の直木賞受賞作『蜜蜂と遠雷』に飛びました(笑)
あの作品は、どこまでこういう世界に触れようとして書かれているのかなぁ。

話は戻りまして、このアートを描いていて思ったことは、エネルギーの循環って、やはり上からと下からのエネルギーが受け取りあって初めて巡るのかな、ということでした。

上からのエネルギーが宇宙で、下からのエネルギーが人だとしたら・・・
で、そのエネルギーが上からも下からもたくさん放出しあっていて、それが噛み合った時に8(∞)になるのかな・・・と。

一極二元論もそうなのかな、とか。
生と死があるから、命。
生と死がぐるぐる回ること、それが命だもんなぁ。

となると、エネルギーはうねっている、ということなんですよね。
まっすぐ同士だと、直線『|』になるから、『8』にはならない。

この、うねりの幅ってなんなんだろう・・・

「急がば回れ」とかも、もしかしてこういうことからきてるんだろうか。余談ですが、日本語って本質に触れる言葉が本当に多いなと思っていて、触れればふれるほど、勉強すればするほど、なにかに導かれる感じがします。全てのものに魂が宿っている、八百万の神様がいらっしゃる、そういう感覚って、こういうところ、日常の中に紛れてしまうくらい身近なところに、たくさんあるなぁと思います。

真っ直ぐだと思っているものは、もしかしたら真っ直ぐじゃないかもしれない。

うねっていると思っているものは、うねってるんじゃないのかもしれない。

自分の価値観に当てはめてどうか、ではなく、『そのものである』ということが大切なんだろうな。

最後に、昨日描いてた2枚目の曼荼羅アートが、実は今日の曼荼羅アートの前駆物だったので、ついでに紹介しておきますね🙌


『うねり』


タイトルもそのまんまです。
でも、こちらはまだ分解しきれてなくて、少しほどけただけの状態ですね、きっと。

もっとほどいてくと、今日の曼荼羅アートになって、不純物をなくして、より精製されたものになる。
純粋にエネルギーを巡らせることができる。

ここでわたしがいっている不純物というのは、自分だと思っているけど実は自分ではないもの(このサイトのタイトルでもある【透明な枠】のこと)のことで、純粋なエネルギーを循環させるのには邪魔なもの。

でも、これは自分を分解しないと取り除くことができない。

自分を分解するというのは、「自分はこうなんだ!」ということを知ること。
自分の価値観を見つけるということ。
それができて初めて、自分とは違うものを認識できるし、認識できて初めて取り除くことができる。

あー、なんか思ったよりめちゃくちゃ長くなりました。
でも、なんだかとてもスッキリした!

わたしの脳内ダダ漏れの(笑)、忘備録的なブログになったので、話が色々飛んでますがご了承ください😱♪





ということで、おしまいです。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!!




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透明な枠の外し方

オリジナル曼荼羅アートを描いています。

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